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ジミ・ヘンドリックス

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ジミ・ヘンドリックス(Johnny Allen "Jimi" Hendrix, 1942年11月27日 - 1970年9月18日)はアメリカの黒人ロックギタリスト、シンガー、ソングライター。死後40年近く経った現在でも、「天才ギタリスト」として多くのミュージシャンに多大な影響を与え続けている、現代的ロックギターのパイオニアの一人。右利き用のギターを逆さまにして左利きの構えで演奏するスタイルや、ギターを歯で弾いたり、背中で弾いたり、ギター自体に火を放ったり、破壊したりするパフォーマンスはあまりにも有名。
ローリング・ストーン誌の2003年8月号のカバーストーリー、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」に於いて第1位に選ばれるなど、史上最高のロックギタリストと評されることが多い。
一般的に、ギタリストとして語られることが多いが、常に新しいサウンドを模索しており、ギターに執着しているわけではなかったという意見がある。演奏者として優れているだけではなく作曲者・アレンジャー・レコーディングエンジニアとしても独特な才能を備えており、歌手としても味わい深く表現力に富んでいる。
奇抜なファッションや派手なステージアクション、機械によるサウンドエフェクトにばかり頼っているのでは…という批判もあったが、エリック・クラプトンは「一度目をつぶって演奏に耳を傾けてみればいい。ジミがどれほど優れたミュージシャンであるか分かるはずだ」、あるいは「僕とジェフ・ベックが二人がかりでいっても、ジミにはかなわないだろう」と最大級の賛辞を送っている。ジェフ・ベックは「好調な時のジミを超えるギタリストなどいるはずがない。自分がギタリストであることが恥ずかしくなるよ」と語っている。ヘンドリックス自身「機械ばかり使っていると言われるが、ステージ上で起きていることは機械がやったのではない。僕がやっているんだ」と反論している。
ヘンドリックスのプレイスタイルについては、破天荒なアクションが取り上げられることが多いが、基本はあくまでブルースやR&Bに根差し、これにジャズのコードやスケールを加えたベーシックなものである。ただし音の選び方やフレーズの展開は強烈に非凡なもので、従来からのブルースやR&Bの枠に収まらないような画期的な内容だった。
ヘンドリックスは非凡なインプロヴィゼーション能力によって、「Red House」や「Machine Gun」など、アドリブが曲の大部分を占める曲で、ライブごとに全く違った展開のアドリブを行った。これは、「指癖的な小さなフレーズ(リック)を沢山覚えておき、それらを組み合わせてアドリブを構築する」のではなく、「その瞬間に頭の中で鳴ったフレーズをギターで弾く」というアドリブのとり方を行っていたから、という説もある。
ヘンドリックスのソロプレイは、例えば後に登場してくるハードロック/ヘヴィメタル系ギタリスト等と比べると特に速弾きとは言えず、運指もやや正確さに欠けるところがある。しかしギターという楽器が本来備えている音に加え、大音量に付随する電気的なノイズまでも駆使し、音色を刻々と変えながら、即興で感情の高まりを表現していく能力により、現在もヘンドリックスに並ぶロックギタリストは出現していないと評価されることもある。ハードロック/ヘヴィメタル系ギタリスト等と比べると音の数こそ少ないが、緩急自在のフレージングと、タイム感のコントロールにより、聴き手に与えるスピード感は非常に高い。ライブ演奏が素晴らしかっただけではなく、スタジオ録音でも革命的と言えるような多彩なサウンドを生み出した。また、作曲面においても後にロックのスタンダードとなる数多くの名曲を残した(特に「Purple Haze」、「Little Wing」、「Voodoo Chile(Slight Return)」、「Red House」、「Fire」、「Foxy Lady」などの曲は多数のミュージシャンによってカバーされている)。
エレクトリックギターという楽器の可能性をそれ以前とは比較にならないほど拡大しており、メジャーシーンでの活動期間がわずか4年ほどだったにも関わらず、後世のギタリストに与えた影響が比類のないほど絶大であることも合わせ、史上最高のロックギタリストと呼ばれることが多い。
ヘンドリックスはギターの音質を電気的に変化させる機材(いわゆるエフェクター)を多用することで知られた。スタジオ録音はもちろんステージでもエフェクターを使用し、従来のギタリストでは考えられなかったほど音質に豊富なバリエーションをもたせている。これもヘンドリックスの大きな功績のひとつと言える。主に使用していたのは音を歪ませるファズ、踏み加減で音質が連続的に変化するワウペダル、音を波立たせるユニヴァイブといったものだった。ヘンドリックスが存命の頃には「機械に頼っていて邪道」という評価もあったが、現在の多くのエレクトリックギター演奏者に比べると、むしろヘンドリックスの使用機材はシンプルだという意見もある。手に入れたエフェクターの可能性を探ろうと何時間も演奏を続け、そのエフェクターの設計者ですら想定していなかった斬新な音を引き出していたとされる。その結果ヘンドリックスの演奏の中には、どういう方法で出したのか今もって不明な、謎のサウンドが非常に多い。これはスタジオ録音だけではなく、ライブでも同様である。エフェクターなどの電子機器設計の達人だったロジャー・メイヤーが、ヘンドリックスのアドバイザーだったのも大きな意味を持っていると言われる。
ギタリストであると同時に歌手でもあるヘンドリックスだが、ずっと「自分は歌が下手だ」と卑下し続けていた。そんなヘンドリックスにとってのヒーローは、独特の歌唱法でフォーク/ロック界を席巻したボブ・ディラン。ディランの歌を聴いたヘンドリックスは「これなら俺も歌えるかも知れない」と勇気づけられたと言われる。ヘンドリックスはディランに大きな影響を受けており、ディランの曲「Like a rolling stone」や「All along the Watchtower」などをカバーしている。ヘンドリックスが「All along the Watchtower」をシングルヒットさせたことを受け、ディランは「あの曲は俺が書いたが、権利の半分くらいはヘンドリックスのもの」と発言している(ディランの伝記より)。またディランは、ヘンドリックスのアレンジに近い形で同曲を演奏したこともある。エリック・クラプトンも「ジミはギターだけではなく歌もとてもうまいよ」と述べている。
ヘンドリックスは音楽の理論などに疎く楽譜もほとんど読めなかったものの、ジャズ系ミュージシャンとのセッションでも引けを取ることはなかったと言われる。帝王マイルス・デイビスやジョン・マクラフリン(ギタリスト)に才能を絶賛されていたほか、マイルス作品の編曲などで知られる巨匠ギル・エヴァンスもヘンドリックスとの競演を熱望していたと言われる。ギル・エヴァンスはヘンドリックスの死後、ヘンドリックスの曲をアレンジして演奏したレコード「THE GIL EVANS ORCHESTRA PLAYS THE MUSIC OF JIMI HENDRIX」を発表。1988年に亡くなるまでステージでヘンドリックスの曲を演奏し続けた。エヴァンスいわく「ジミのアルバムを聴くと毎回新しい発見がある。彼が優れた作曲家だった証拠だよ」。





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