台湾で生産される紅茶もともと日本が台湾を統治していた1920年代後半に総督府中央研究所に勤務していた技師の新井耕吉郎が海抜約800メートルの盆地にある中部・南投県魚池郷の寒暖の差が大きい気候条件などが、紅茶の栽培に適していると判断してインド産アッサムなどと台湾の原種を交配させるなどして独自の紅茶を作り上げた。30年代から60年代まで隆盛をきわめていたが70年代以降安い茶葉を混合した粗悪品が出回って一挙にその信用を失い80年代以降は市場からほとんど姿を消してしまっていた99年の台湾大地震後の復興策の一環として、紅茶復活が提案されそれが「新しい味」として人気を集めるようになっている。一時はほとんどゼロにまで落ち込んでいた年間生産量は徐々に回復し現在は300ヘクタールで年間約300トンが生産されるまでに回復している
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